おわりに

 共依存について学ぶと、共依存がよくない状態であると思いがちであるが、岡崎直人氏が「共依存はある意味でははしかのようなものだ。―中略―共依存を防ぐために重要なことは、共依存の状態を一度経験して、そこから回復することで学ぶのである(吉岡、前掲書、p116)」と述べているとおり、その状態を体験することはむしろ益になることであると感じた。

 私は一人っ子として生まれ育った。参考文献に紹介されているような事例(このレポートではとりあげていないが)ほどではないにしても、母親の理想に近づけようとして育てられたように思う。節目節目において私は無意識のうちに「これで母親がきっと喜び応援してくれるだろう」と思っていたことに気付く。それによって互いの間にトラブルや怒りが生まれた記憶はないが、このことによって、どの家庭にも多かれ少なかれ共依存(相手をコントロールする)の状態が起きているのだろう、と思った。

 自分の原家族、そして仕事上の援助関係において、すでに起こっていた共依存。これを「はしか」、つまり体験したことによって二度とかからないもの、にできるかどうか、免疫がつけられるかどうか、これが私の今後の課題であると思う。

 このテーマで研究レポートを書いたことによって、自分では意識していなかった嗜癖を自覚できたことは今後の人生において大きな利益をもたらしてくれると信じたい。

 また、すでに述べたようにまだまだ曖昧なこの概念を、もっと多くの文献で知り、理解を深めた上で、周囲に広めていければと思う。ただしその際、相手にこの概念を理解させようと「コントロール」してしまわないように注意して……。

おまけ

 最後に、直接はテーマと関係ないが、非常に自分の欠点を言い当てられていると感じてくすぐったかった箇所を引用する。

「自分と自分を取り巻く現実を正視できる人は、今すぐすべきこと、次にすべきことという優先順位の区別がつけられます。また、注意深く完全をねらう職人仕事と、直観力を生かしておおまかな見通しをつける仕事の見分けがつけられます。私はこうした能力を『いい加減にやれる能力』と呼んでいますが、これこそ最も高度な大人の能力と呼んでよいもので、世の中で目立った業績をあげているのは、この能力に恵まれた人たちです。一方、私のところへくる患者さんたちの中には、種々の才気や能力に恵まれながら、この能力だけは欠けているという人が多いのです」

斎藤、前掲書、p154

 些細なことにこだわってひとつの物を完成させるのに非常に時間がかかる私の欠点を見事に指摘されたようであった。明朗塾内でも「仕事ができる人」は確かに意外な部分でいい加減な面をもっていると思った。これが欠点ではなく能力だったとは……とたいへん興味深かった。