2 共依存からの回復のポイント

 では、共依存の状態に陥ったら、どのような方法をとればよいのだろうか。
 嗜癖の回復の3段階に沿って共依存の回復を考えると次のようになる。

行動修正期

 問題を起こす人の傍らにいて、問題行動をなんとかやめさせようとするすべての行動を一つずつやめていく。その行動はコントロールであり支配である。それが続く限り、2人の間の悪循環は変わらない。―中略―グループカウンセリングは1対1のカウンセリングの数倍の効果を発揮する。メンバーを鏡として、支えとすることでこのような認識と行動の転換が実現される。
 行動修正の一番の柱はどのようにコントロールを撤去していくかという点である。そのためには日々の行動がコントロールかどうかという見分けが必要になる。あたり前と思って行動していたことがコントロールだったという指摘によって、その行動をやめようとする。行動の修正とはこのようなことなのだ。―中略―アルコール依存症本人がとにかくアルコールに手を出さないことと、家族がコントロールを放棄することはまったく同じである。

自己洞察期

 問題の焦点を自分にシフトさせる時期。アルコール依存症本人が問題を飲酒から対人関係にシフトさせるのと対応している。
 相手に対するコントロールを撤去するといったんは楽になる。しかしそのうち別の感覚に襲われるようになる。目的喪失感、空虚感、孤独感などである。
 これが共依存の特色なのである。自身の自己否定的感、空虚感を他者への関心とコントロールで埋めるという関係のもち方が共依存なのである。その人たちが他者へのコントロールを撤去するということは、それによって埋められていたものが表面化してくることである。
 自己洞察とは、自己の空虚さ、挫折した人生、不幸な結婚生活に直面することである。そして他者の問題にとらわれ、コントロールに明け暮れることでその直面から免れていたことを認めることである。そのような人たちが自分にベクトルを向けるためには、周囲が責めたり指示したりしていては不可能である。不幸を共感し、それはその人たちの責任ではないことを伝えることである。今の自分を肯定されることで不幸な自分を認めることができるのだ。

新たな関係獲得期

 この段階はコントロールから極力遠ざかった関係をつくっていくことを目的とする。それは親子、夫婦など日常の具体的関係においてである。この時期は二つの方向で進められる必要がある。一つは対人関係に焦点を当てた方向、もう一つはその対人関係の起源をたどる方向である。
 多くの共依存の人は、この対人関係の起源をたどる作業を通して自分の生育歴にたどりつく。そして原家族での経験などを思い出し、自分がその中でとっていた役割に気づき、自分がACであるという認知に至る。
 つまり共依存の回復のゴールの一つがACとしての自己認知なのである。―中略―
 共依存の人たちは他者に関心を集中することで不幸で空虚な自己に直面することなく生きてきた。嗜癖が一種の自己治療であるとするなら、この人たちもこのようにして生き延びてきたのだ。
 しかしすべての共依存の人がACと自己認知しなくてはならないわけではない。自己洞察期にそれほど落ち込むことなく、行動修正のみで相手の問題行動が解決し、幸せな生活が戻ってくる人も多い」吉岡、前掲書、p83(信田さよ子著)
 このような段階を経て回復していくと考えられる。この回復について、共依存の特徴ごとに見ていきたい。以下が共依存の特徴とその回復である。先に述べた「共依存のチェックリスト」とも重なる部分が多いが、項目ごとに考察を交えながらすべてを紹介したい。
一見、思いやりがあってやさしい行動に見える共依存的な行動は、もう少し詳しくその裏を調べてみると、自己の確立ができていない故の行動であったり自分の不安から出る自己中心的な行動であったりして矛盾に満ちていることがわかってくる。以下は、共依存の特徴とその回復の仕方である。

1 自らを犠牲にして相手を助けたり、世話をしたりする

 特徴:  心の底では見返りを期待しており、それが返ってこないときは憤然とする。無意識のうちに、自分が相手にとって必要な人であると思ってもらいたかったり、相手にありがたがられるなどの報酬を期待したりしている。自分がいなければ相手はやっていけないと思い込むことによって、自己価値を見いだそうとする心理的な動きといえる。
 回復:  自分のことは放っておいて、相手の世話をしそうになったら、1から10まで数えてみる。自分は、なぜ相手の世話をしたがるのか考えてみる。相手の問題に夢中になることで自己価値を上げようとしないで、何か他に自分の世話ができる方法はないかを考えてみる。

 確かに、このような人は「良い人」と映りやすい。自分もこのような優しい人になりたいと思って、努めてそうしてきたように思う。しかし思い返してみれば、そのせいで自分のすべきことができなかったと感じたり、自分が尽くした割には相手に感謝されなかったと感じたりして苛立ちを覚えることはよくあった。まさか自分の好意からくる行為が共依存であるとは気付かなかった。

2 相手の行動、感情、考え方、状態、結果を変えようとコントロールする

 特徴:  なだめたり怒ったりアドバイスをしたり操作したりして相手を変えようとする。たいていの場合成功しない。
 回復:  他人をコントロールできると思うのは、まったくの思い違いであることを知ること。自分がコントロールできるのは自分自身のことだけであることを、何回も自分に言いきかせる。相手を変えようとして費やす膨大な努力を自分につぎ込めば、自分はすばらしい人間になる。

 この項目を考えるとき、自分自身の苦い体験を思い出す。問題行動を繰り返す方に対して自分が中心となって関わっていたときに、何とか自分のアドバイスやルール決めでその行動をやめさせようと躍起になっていたことがある。?にも関連するが、どんなに熱心にアドバイスしてもその方の問題行動がなくならない状況に、毎回腹を立てていた。今ごろになって、まさにこちらの接し方が問題行動だったのだと気付かされた。

3 問題や危機が起こっているような状況や人間関係に身を置きやすい

 特徴:  信頼することができないような人に無意識のうちに引かれて、問題や危機に巻き込まれやすい。意識上では、心配のない生活をしたいと思ったり言ったりしているが、何か問題が起きていないと空しい気持ちに襲われてしまう。
 回復:  リラクゼーションや瞑想などの方法で、心を落ち着け、静かで平穏な時をもち、安らぎに満ちた生活に少しずつ慣らしていくことが大切である。

 ある歌手の恋愛ソングに「悩んでも何もないよりはいいとひそかに思う」という歌詞があるが、10年ほど前の私はこのフレーズに「そうだなあ」と共感していたものである。つまり恋愛において、何もないよりはハラハラしながらも誰かのことを想っている方が楽しいと感じていたのである。そして実際に、問題のあるだらしのない人にひかれ、世話を焼くということを何度か繰り返していた。それが大変危険な状態であったことに気付く。

4 他人への依存心が強く、ひとりでやっていけるという自信がなく、見捨てられ危機感に襲われる

 特徴:  ひとりでいると不安になって誰か相手が必要になる。見捨てられるのではないかといつも不安になっている。
 回復:  ひとりで過ごす時間をのばしていく練習をする。さびしさ、いてもたってもいられないような不安感を感じたら、あわてないでじっとしている努力をする。

 自分に思い当たる部分はないように思うが、暇な時間につい携帯電話で知人にメールを送ってしまうことなどもこの状態に近いのかもしれない。

5 考え方や視野が狭い

 特徴: ある特定の相手のことで頭がいっぱいである。友達からも離れ孤立してしまい、あるのは自分と相手の問題だけの狭い世界になってしまう。
 回復: どうにもコントロールができない相手のことで心配するより、努力すれば変化がみられることに力を入れる。自然にふれたり、人とのふれあいを増やしたり、など。自助グループに参加することも大切である。

 環境が変わるたびにそこでの人間関係のみを重視し、昔の知り合いとは疎遠になってしまうタイプの人がこれに当てはまるのではないかと感じる。

6 現実や事実の否定、否認をする

 特徴: 問題の重大さを認めず、たいしたことでないかのように思い込む。毎日アルコールを飲んで暴力をふるわれているのに「あの人は飲まないといい人なんですけど」などと言う。
 回復: 信頼できる先行く仲間に自分の行動がどう映るのか現実をチェックしてもらう。どんな回復も癒しも、現実・事実を認めることから始まる。

 アルコール依存症やDVに悩む女性が「普段はいい人なんですけど」と言う場面はよくテレビや本などでも目にする。その良い部分に深く情が湧いてしまうことこそ共依存の始まりなのだろう。

7 コミュニケーションの技術に欠ける

 特徴: 自分の言いたい事をはっきり表現したり、自分に必要な物を要求することができない。ノーと言えない。相手のせいにして愚痴を言ったり批判したりするが、自分の行動に責任をもった言い方ができない。
 回復: 自分を主体としたものの言い方を練習するなど、コミュニケーションの技術を学習することが必要。自分が嫌なことにははっきり、しかも尊敬をもって「ノー」といえるようにすることも大切である。

 私も、ノーと言わなければいけないと分っているのに「大丈夫です」と答えていることがある。後で起こる状況より、今この場を丸く収める方をとってしまっているのではないかと思う。それなのに相手のせいにするということが確かにあり、恥ずかしい気持ちになる。回復のためにコミュニケーションの技術の学習が必要とあるが、今こうしてこの癖が共依存のひとつだと認識できたので「ノー」と言うべきときには言う練習を自分で行っていきたい。

8 相手と自分とのバウンダリー(境界線)がはっきりしていない

 特徴: 相手からの心的、性的、身体的な侵入を許したり、相手の問題におせっかいにも入り込んだりする。
 回復: 相手からまるで所有物のように扱われたら、その人が心のバウンダリーに入ってきた証拠だと気付くことである。相手が落ち込んでいたら、その気分は相手に属するものなので、自分も滅入ってしまったり、相手の気分をよくしようと考えたりしない。

 1にも通ずることであるが、仕事上の関係なのに、相手のためにプライベートな時間を充てても役に立ちたいと思ってしまうことがある。無意識のうちに境界線をなくしていることがあることに気付く。

9 自分の体から出るメッセージに気がつかない

 特徴: 相手との関係で何か変だと感じたとき、胸がドキドキしてもその注意警報に注目しない。
 回復: 息が吸えなかったり、肩こりがしたりしたら、どんなメッセージが体から出ているかに注目する。

 自分自身には思い当たる点はないが、支援対象となる親子関係のどちらかにこのような変化が出たら注目しなければならないと認識しておきたい。

10 怒りの問題をもっている

 特徴: 適切な怒りの処理の仕方がわからず、突然爆発させたり、自分より弱い子どもなどに八つ当たりしたりする。
 回復: 怒りという感情の下にある心の痛みや不安感、さびしさなどに注目して癒しをする。怒りが出て頭がかっかとしているときは、生理学的に非常に視野が狭くなっている。まずその場から去って心を静める。散歩をしたり、出さない手紙に怒りを書き付けたりして自分の世話をする。

 これについても自分自身に思い当たる点はないが、両親が口論になっている場面を見て「普段は言わないでためて文句を言うんだな」と感じたことがあったのを思い出す。誰にもある部分かもしれない。

11 忍耐強く待つことができない

 特徴: 相手が何かをするたびに反射的に行動したり、せかせかと動き回って余計な心配をする。
 回復: まず何もしないで相手から距離をとってじっと相手と自分を観察してみることである。

 我慢することは一人では難しい。身近な信頼できる人に応援してもらうなどの助けがあれば達成できるのではないかと感じる。

12 罪の意識によく襲われる

 特徴: 相手に問題があるのは自分が悪いからだと自分を責め、自分が努力すれば相手が変わるだろうと必死になる。
 回復: 相手が相手自身にとって害のあるような行動をとっているのは自分のせいではないので、いらない罪の意識は捨てる。自分が罪の意識を感じる人は他人にも罪の意識を植え付けやすいので注意する。

 自分のせいだと思い、自分が変われば相手が変わると思い込むことでさらに相手へのコントロールの欲求が強くなるという悪循環になっているのだということが分かる。

13 ものごとを極端にとらえ、ほどほどにすることができない

 特徴: 黒か白かはっきりさせすぎて、自分が正しくて相手がまちがっているとか、または反対に全部自分のせいだと思い込んでしまい、バランスがとれない。
 回復: 黒か白かと決めつけたくなったら、グレーを頭に思い浮かべてみる。

 私のよく陥る状態である。一旦陥るとどんどんマイナス思考になりすべてを止めてしまいたくなる。しかし、時間が経ってみて分かることであるが、このような状態に陥るときは体調がすぐれなかったり、直前に嫌なことがあったりと、何らかの理由でコンディションが悪いことが多い。自分の体調、心の状態を客観的に見られるようになることも大切である。

14 過去の間違いから学ぶことができない

 特徴: 互いの関係がいいときには相手が問題を起こしたことを忘れて、相手をかわいそうだと思い許してしまう。同じ間違いを何度も繰り返す。
 回復: つらい経験を日記につける。過去に散々な目にあったことを読み返すようにする。

 つらい経験は記録しない方がよいと思い込んでいたが、このような領域ではこのような形で役立つことがあることが分かった。過去を振り返ることが必要なことがあるのだと知った。

15 被害者意識にとりつかれる

 特徴: 相手を救おうとするがうまくいかないので相手を責める。自分は相手のせいでこんなにみじめになったと被害者意識にとりつかれ弱々しくなる。
 回復: 助けられない相手は助けない。自分のかかわった部分は何かをよく見極め、自分の行動に責任をとる。

 この項目に限った事ではないが、手を差し伸べるべきかそうでないかの見極めが非常に難しいと思う。正当な判断を下すことが難しい状態に陥っている人にとってはなおさらである。

16 害があるのに和平を保とうとする

 特徴: 自分や自分の周りに害があるのに、相手を喜ばせようとして相手に合わせ、相手が怒らないように異常な努力をし、他人にも和平を保つよう強制する。
 回復: スムーズであるはずがないものをスムーズにするのをやめる。自分の信じることを表現し、問題に直面していく力をつける。

 思い当たる身近な事例はないが、共依存の特徴的な状態である。心配なので先回りして周囲をもコントロールする状態である。

17 愛情としがみつきを取り違える

 特徴: 愛するということは、相手との人間関係にのめりこむことで胸がドキドキすることだと思い込んでいる。あれこれ禁止されてコントロールされることを愛されていると思い違えている。
 回復: 共依存の人は、問題をもった人に知らないうちにひかれて恋に陥りやすいので、あまりにも強い引力を感じる人のそばには近寄らない。

 先ほど述べたように自分にも似た体験がある。ただし、共依存の状態のときには強い引力を感じる人が危険だとわかっていても意識的にそばに近寄らないことは難しいので、気をつけることが困難である。

18 権威者を恐れる

 特徴: 地位や権力のある人、怖そうな人の前に出ると小さくなってびくびくしてしまう。
 回復: 理由もなくおどおどしている自分を見つけたら、子どものときに受けた影響を顧てみる。怖い人がいる家庭で育った人は、子どものときの恐れを捨て去る癒しの作業をしてから自分はもう小さな傷ついた子どもではないことを自覚する。

 私の場合は、家に怖い人はいなかったが、反対に強い口調で叱られることに慣れていなかったために、大きな声の大人に叱られることに現在も強い恐怖を覚える。しかし、記憶にないだけで、家族以外の大きな声の大人に叱られたことがあるから今でも怖いと感じるのかもしれないと思った。

19 理想論、ファンタジー、社会の掟にとらわれる

 特徴: 相手はこうすべきだ、〜するのが普通だ、という理想論や道徳論にとらわれたり、相手はきっとこうするだろうというファンタジーを抱いていたりする。
 回復: 現実とファンタジーとの間にギャップがある場合には、現実に焦点を合わせる。

 女性は特にこれらの気持ちを抱きやすいように思う。理想と目の前の現実のギャップが大きいために不安が大きくなっていくのである。

20 相手の気分を敏感に察して、先へ先へと頭を働かせる

 特徴: 常に相手の顔色をうかがって、すばやく相手のムードを読み取り、先回りして次はどうしたらいいのかと心配する。今現実に起こっていることがつかめず、今を楽しめない。
 回復: 頭が先回りしてきたと感じたら「ストップ」と声を出してそれ以上進むのを中止させる。

 他の項目にも通ずることであるが、自分が当たり前のようにしている配慮が共依存の症状であることを常に再確認する習慣をつけないと、自分で自分に「ストップ」をかけるのは難しいであろう。

21 嘘をつかなくてもよいときに嘘をつく

 特徴: 自分に対して正直になれず、出てくる思考や感情を否定したり、疑ったり、無視したりする。つく必要のないときにもつい嘘を言って相手をかばったりその場をとりつくろったりする。
 回復: 自分に対して正直になる。出てくる考え、感情を否定しない。真実を語った後は、出てくる結果に責任をとる。

 最後の「責任をとる」ことに自信がないために無意識のうちに安全な方を選び嘘をついてしまうのだと思うが、その方が後々大きな問題に発展してしまうことを認識し、その場の感情を伝える訓練をすべきなのだと思う。

22 自己の確立ができていない

 特徴: 自分に自信がなく、相手に幸せにしてもらいたいと思っている。自分を大切にしたり肯定して受け入れなれない。
 回復:

自分はどういう人間になりたいか、人生に何を求めているかを探る必要がある。自分の幸せは自分でつくっていくものであることを自覚し、自分のアイデンティティを自分でみつけることである。健全な自己の確立をするためには、過去の心の傷の癒しが大切である。自助グループ、サイコセラピー、ワークショップなどに参加して仲間と一緒に癒しをしていく。 

吉岡、前掲書、p225(西尾和美著)より1〜22の項目を引用

 共依存の人は自分がどういう人間になりたいかじっくり考える機会をもったことがないかもしれない。周囲の援助者にその機会を提供してもらう場面があれば埋もれていた感情をうまく表現できるかもしれない。


 以上が共依存の特徴と回復のポイントである。各項目の考察にも書いたとおり、本人に自覚がないと回復へのステップを踏むことは困難であると思う。また、共依存は何らかの嗜癖のある人とその家族の間だけでなく、我々のような援助者にも起こりうる状態であることがわかった。支援対象となる障害のある方とそのご家族との特有の関係を改善するために学習を始めたつもりであったが、自分自身の接し方を改善するために必要な領域であることに気付かされた。