1 共依存(co-dependency(コ・ディペンデンシー))とは

1−1 共依存の定義

 共依存は医学的な診断名ではないので診断基準はあいまいであるが、一言で表すならば、タイトルにもあるとおり「他人に必要とされることを必要とする状態」である。文献の一部をいくつか引用しながら共依存について詳しく説明したい。
 「コ・ディペンデンシーという言葉は、アルコール依存症の治療の場から出てきたものである。アルコール依存症になっている人の周りにいる配偶者や家族の行動や言動によって、アルコール依存症の人の回復が影響されていることが治療者の間で観察された。周りにいる人たちが、アルコール依存症の人の飲酒をやめさせようと、ビールを隠したりあれこれコントロールしたりして責任をとってしまうので、依存症の本人はますます無責任になっていくという人間関係ができあがっているのに気がついた訳である。このように、相手の問題に病的にのめり込んで、自分を見失ってしまうような人たちのことを、コ・ディペンデンシーと呼ぶようになったのである」

吉岡隆編『共依存―自己喪失の病』中央法規出版、p224(西尾和美著)

 「共依存というのは、アルコール依存、薬物依存などの『セカンダリィ・アディクション(二次性の嗜癖)』の基礎になる『プライマリィ・アディクション(基本的な嗜癖)』、つまり嗜癖的人間関係のことです。その基本は他人に対するコントロールの欲求で、他人に頼られていないと不安になる人と、人に頼ることで、その人をコントロールしようとする人との間に成立するような依存・被依存の関係が共依存症です」

斎藤学著『家族依存症 仕事中毒から過食まで』誠信書房、p163

 「アルコール依存症、食事依存症(過食症)、仕事依存症など、何かの行動への溺れは、一定の人間関係パターン(共依存症)を基盤として始まり、回復もまた人間関係の回復からはじまる

 親や配偶者や子どもたちは依存症者を救おうとするうちに、愛によって依存症者を縛るという行動に溺れ、『愛しすぎる人』という名のもう一人の依存症者になって行く。『愛しすぎる人』と『愛されている必要のある人』との関係こそ共依存症に他ならず、各種の依存行動はこうした関係の中に繁茂するのである」

斎藤、前掲書、1,2(はじめに)

 共依存という概念はあいまいであり、理解が難しいといわれている。それは次のような理由からである。

 「物質嗜癖もプロセス嗜癖も、それで社会生活が破綻するようになれば、誰の目にも「問題」として映りやすい。だが、共依存は、そこに文化や価値観など別のファクターが入り込んでくるために、何か変だとは思っても、「問題」と断定することが難しい。

 ―中略―もともと共依存は、問題を起こすことで相手を支配しようとする人と、その人の世話をすることで相手を支配しようとする人との二者関係のことである。―中略―共依存という言葉が、あるときは二者関係のことを指す言葉として、またあるときには個人の病理を指す言葉として使われている。共依存が理解しづらい理由の一つは、この辺にありそうだ。

 もう一つの理解しづらい理由は、共依存が病気なのかどうかということである。確かに共依存はACと同じように、自分の物語を読むキーワードであり、病気ではないという意見も一方にある。

 だが、実際に共依存は人間関係嗜癖として、依存症の一つに位置づけられている。適度な依存の域にある人間関係であれば相互依存(interdependence)だが、人間関係に嗜癖していることで社会生活が破綻しているのなら、それはまぎれもなく共依存症(codependence)であり、その人は共依存症者(codependent)である。適度な依存はOKだが、嗜癖(依存症)は問題となる」

吉岡、前掲書、p11

 「共依存の概念はアダルト・チルドレンと同様にアルコール依存症の現場においてコメディカルの人たちによって診断名としてでなく生まれた。したがって医療モデル(病気、治療)には収まりきれないものを含んでおり、きわめて曖昧な用いられ方をしている。

 アメリカにおいては、誕生して時間を経るにつれこの言葉は発生の現場であるアルコール依存症から遠く隔たった用いられ方をするに至っている。それもアダルト・チルドレンと共通した展開である。同様の現象がおそらくわが国でも起こるのではないだろうか。それを見越して、この言葉を三つのレベルに分けてとらえることにする。

  1. 疾病モデルとして(個人の病理をあらわす言葉として)
  2. 関係モデルとして(ある特定の関係性を指す言葉として)
  3. 社会学的な言葉として(集団、文化の特色をあらわす言葉として)

 ―中略―現在は関係モデルとしてしか用いられていないこの言葉がいつか診断の言葉として成立する時代が来るかもしれない」

吉岡、前掲書、p80(信田さよ子著)

 このように、脱医療の現場で生まれた言葉であるために曖昧な概念であるといわれている。

1−2 共依存に関係の深い用語

 ここで、共依存について学ぶ際に頻繁に出てくる用語についてまとめておく。

  • (しへき:アディクション)
 「「嗜癖」は単なる「習慣」や「嗜好」よりは少し強い意味があり、「ある習慣への 耽溺 ( たんでき ) 」を意味します。耽溺は、対象物にふけりおぼれることです。現代日常用語で言うと「はまって」しまった状態です。嗜癖は、嗜癖者本人あるいは周りの人に都合の悪いことが起こっているのに、その習慣にとらわれてしまって、止められない状態を意味します。「嗜癖問題」、「嗜癖行動」、「嗜癖性疾患」というような熟語で用いられることもあります。
 嗜癖の重症例は病気とされ、「依存症」と呼ばれますが、嗜癖はもう少し軽症例から重症例までを含めた広い概念で使われます。「中毒」も似たような意味で使われることがありますが、中毒は本人の好みや意志に関わらず、「体内に摂取された毒物による生理学的反応」を意味するので、「仕事中毒」、「ギャンブル中毒」などは医学用語としては不適切です」
HP『赤城高原ホスピタルhttp://www2.wind.ne.jp/Akagi-kohgen-HP/index.htm』―嗜癖問題基礎知識― 
 「嗜癖には、アルコール・薬物などの化学物質や、食物などの物質に依存する〔物質嗜癖〕と、ギャンブルや買い物・仕事・宗教・窃盗・エクササイズなどの行為過程に依存する〔プロセス嗜癖〕と、性行為や恋愛や人間関係そのものに依存する〔人間関係嗜癖=共依存〕がある」
吉岡、前掲書、p11
 このように、嗜癖とは、依存症や中毒とは厳密には異なるが、それに近い状態であるととらえることができる。共依存とともに、この嗜癖という言葉も今回の研究レポートに取り組んで初めて知った。
○ イネイブリング
 「依存症者のとるべき責任を周囲の人が肩代わりしてしまい、依存症者がひき起こしてしまった問題に自ら直面しなくてすむようにしてしまう周囲の行動をイネイブリング(enabling)と呼び、そうした行動をする人をイネイブラー(enabler)と呼ぶ」
吉岡、前掲書、p110(岡崎直人著)
 まさに、イネイブリングが共依存を助長するといえるだろう。

○ アダルトチルドレン(AC

 「アダルトチルドレンというのは、もともとは酒害家庭で育って今は大人になった人(Adult Children of Alcoholics)を意味しましたが、今では機能不全家庭出身者(Adult Children of Dysfunctional Family)に拡大使用されるようになりました。機能不全家庭の代表が酒害家庭や嗜癖家庭です。嗜癖家庭で育つ子どもたちは、慢性的なトラウマ(Trauma, 心の外傷)にさらされます。機能不全家庭の中で歪んだ感情、対人関係の癖、問題解決の仕方を身につけ、思春期から成人期にかけてさまざまな情緒・行動障害、精神障害を発症します。典型的には、共依存になったり、もっとはっきりした嗜癖問題を起こしたりします。アダルトチルドレンと共依存は、嗜癖の世代連鎖を作り上げる鍵概念です」
前掲HPより
 「アダルト・チルドレンは、身体的、性的、精神的な虐待があるなど、安全な場所として機能しない家族のなかで育ったため、心が傷ついたり、自分の行動、思考、感情や人間関係に支障をきたしたり、生きづらさを感じたり、大人になってもその影響を受けている場合があります。
 また、自分ではなんの問題もないと思いこんでいる人でも、はたから見ると、いろいろな障害や問題をかかえていたり、その人のまわりで、各種の問題が起こっていることがあるものです」
西尾和美著『アダルト・チルドレン 癒しのワークブック 本当の自分を取りもどす16の方法』学陽書房、p10
 アダルトチルドレンという言葉は聞いたことがあったが、意味を理解していなかった。漠然と、心が大人になりきれていない人を指すのではないかと思っていた。
 後にも回復の項目で述べるが、文献?に「多くの共依存の人は、この対人関係の起源をたどる作業を通して自分の生育歴にたどりつく。そして原家族での経験などを思い出し、自分がその中でとっていた役割に気づき、自分がACであるという認知に至る。つまり共依存の回復のゴールの一つがACとしての自己認知なのである」とあるとおり、アダルトチルドレンと共依存は切っても切れない関係にある。

○ 自助グループ

 セルフヘルプグループと訳される、当事者の集まりのこと。依存症者本人、家族、対人援助者それぞれにセルフヘルプグループがある。アルコール依存症者のグループAL−ANON(アラノン・Alcoholics Anonymous)などが有名である。

1−3 共依存のチェックリスト

 アメリカで、「国民のほとんどが共依存である」という報告がなされたことがあるという事実からも、共依存は誰もが陥る可能性のある状態であることがわかる。実際に、自分の共依存度をチェックしてみたい。

 次のうち5つ以上の項目がいつも自分にあてはまるようでしたら、あなたは共依存者(コ・ディペンデント)かもしれません。

自らを犠牲にして相手を助けたり、世話をしたりする
相手の行動、感情、考え方、状態、結果を変えようとコントロールする
問題や危機が起こっているような人間関係に巻きこまれていることが多い
依存心が強く一人でやっていけるという自信がなく、見捨てられるかもしれないと不安にかられる
ある特定の相手のことで頭がいっぱいで視野がせまい
自分の問題はたいしたことはないと思ったり、いやなことは見て見ぬふりをしたり、表面はなんでもないようにふるまう
相手とのバウンダリー(境界線)がはっきりせず、相手が落ち込んでいると、自分も気分が落ちこんでしまったりする。また、他人の問題にのめりこんだり、相手からの精神的、性的、身体的侵入を許してしまったりする
罪の意識におそわれやすく、相手の問題は自分のせいだと思いこんでしまいやすい
過去の人間関係の間違いから学ぶことができず、同じ間違いを繰り返す傾向がある
被害者意識にとらわれ、自分は犠牲者だと思いこみ、弱々しくなる
自分のまわりに害があるのに、波風を立てぬよう、問題を明らかにしない
相手から離れられないでしがみついていることを愛情と取り違えている
「こうあるべきだ」という社会の通念、または「こうなるはずだ」というファンタジーにとらわれやすい
相手の気分を敏感に察して、先へ先へと頭を働かせたり、心配したりする
「ノー」が言えず、なんでもかんでも引き受けて疲れてしまったり、うらみがつもったりする
責任感が強すぎて、なんでもがむしゃらにやりこなす

西尾、前掲書、p18

 私自身のチェックをしてみたところ、4つの項目があてはまった。共依存の一歩手前の状態といえるかもしれない。あてはまらなかった項目についても「いつも」はあてはまらないと思っただけであり、時にはそうであると感じた点がたくさんあった。すでに共依存なのかもしれない。

 次の項目で述べる、共依存の回復について、自分自身の周囲の人との関わり方におけるヒントにもしたい。