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  4. 理事長挨拶

厳しさと励まし合い

社会福祉法人光明会 理事長 小 澤 定 明

 チームワークが発揮されている組織にあるものは「厳しさ」と「励まし合い」です。もっと正確に表現すれば「自分に向ける厳しさ」と「仲間に向ける励まし」です。当然のことながら、仲間に厳しく求め、自分への全面的な協力を求めることはチームワークを破壊する原因となります。
 薩摩藩の郷中教育の教えの中に「負けるな」「決して嘘を言うな」「弱いものいじめをするな」という中心的な行動指針がありますが、この中の「負けるな」とは、「武士たるもの戦いに負けるな、そのための鍛錬を怠るな」という意味ではなく「自分の欲望や邪念に負けるな」「自分の甘えや弱い心に負けるな」「義を貫く意志と勇気を持て」という意味です。いかに自分に厳しくあるか、という姿勢を求め続けているのです。「厳しさ」とはいつでも自分に向けるものと心得なければなりません。
 そして自分に厳しい姿勢で臨んでいる人が仲間を励ましたときに、はじめて相手に励ましとして届くのです。自分に甘く、だらしない人が他人に勇気を与えられるはずがありません。
 自分に厳しい人の励ましの中には「厳しさ」と「優しさ」は両方の必要要素が自然に含まれます。「父親と母親のどちらが必要か」という設問が成り立たないように、スタッフに対しては「厳しく接するのがいいのか、優しく接するのがいいか」という問いはしてはなりません。両方が必要なのです。表面的に厳しく見えようが、優しく見えようが、そのことよりも、接している自分が自分に対して厳しく律しているかをまず問いかけるのです。
 このようにチームワークをとらえるならば「成果主義」を有効に機能させることができるようになるでしょう。すなわち成果主義は自分に対する評価として用いるならばよいのであって、他人に対する評価には用いてはならないのです。

プロジェクト・アリストテレスの教え(※)

 グーグル社内には様々な業務に携わる数百のチームがあり、中には労働生産性の高いチームもあれば、そうでないところもある。同じ会社の従業員なのに、なぜそのような違いが出るのでしょうか。これを分析し、より生産性の高い働き方を提案することがプロジェクト・アリストテレスの目的でした。分析の対象として、特に重視したのは「チームワーク」であったといいます。
 このためプロジェクト・アリストテレスでは、社内の様々なチームを観察し、上手く行っているところと、そうでないところの違いを明らかにしようとしました。
 たとえば「同じチームに所属する社員(チームメイト)は、社外でも親しく付き合っているか」「彼らはどれくらいの頻度で一緒に食事をしているか」「彼らの学歴に共通性はあるか」「外向的な社員を集めてチームにするのがいいのか、それとも内向的な社員同士の方がいいのか」「彼らは同じ趣味を持っているか」など、多岐に渡る観察を行いました。
 その結果分かったことは、チーム編成の在り方と「労働生産性」の間には、ほとんど相関性がないということでした。
 次に、チームのメンバーが従っている「規範」に生産性のポイントがあるのではないかと考え、そこを洗い出すことにしました。規範とは、チーム内で共有する「暗黙のルール」や「行動規準」、あるいは「チーム・カルチャー」のようなものです。
 しかし、この点でも目立ったパターンは抽出されず、チームのルール・規範と「労働生産性」の間には、ほとんど相関性がないことが分かりました。
 「働き方の問題ではなくて、単にメンバーの能力の違いによるのではないか。要するに、優秀なメンバーが集まったチームは常に成功している。それだけの話ではないか」と思われるかもしれません。しかしメンバーの能力と「労働生産性」の間にも、ほとんど相関性がなかったのです。
 そして、そこから浮かび上がってきたのは「他者への心遣いや同情、あるいは配慮や共感」といったメンタルな要素の重要性でした。つまり成功するグループ(チーム)では、これらの点が非常に上手くいっていたのです。つまり「こんなことを言ったらチームメイトから馬鹿にされないだろうか」、あるいは「リーダーから叱られないだろうか」といった不安を、チームのメンバーから払拭する。心理学の専門用語では「心理的安全性(psychological safety)」と呼ばれる安らかな雰囲気をチーム内に育めるかどうかが、成功の鍵だったのです。
 多くの人にとって、仕事は人生の時間の大半を占めます。そこで仮面を被って生きねばならないとすれば、それはあまり幸せな人生とは言えないでしょう。社員一人ひとりが会社で本来の自分を曝け出すことができること、そして、それを受け入れるための「心理的安全性」、つまり他者への心遣いや共感、理解力を醸成することが、間接的にではありますが、チームの生産性を高めることにつながるのです。
 これがプロジェクト・アリストテレスから導き出された結論でした。

(※この項は、https://gendai.ismedia.jp/articles/-/48137 を参照しました)

他人のジャッジは自分のジャッジ

 他人の欠点、例えば職場の同僚や上司、後輩がどうしようもないと感じてしまうことや障害者がまったく就職に向かないと感じてしまうことなどは、そのように自分がジャッジしているだけです。
 人は誰でもそのままの自分を認めてもらいたいと願っています。とはいえ他人を願いどおりにそのまま認めることはできるものでしょうか。
 少なくとも自分が認められなくても、自分以外の誰かが認めることができる、その人をそのまま認める誰かがいる、ということは認めることができるのではないでしょうか。
 例えば目の前に一人の障害者がいるとして、自分はどうしてもその方の就職の可能性を認めることはできない、現状からの変化の可能性を信じることはできない、としても、誰か別の人がそれを信じるならばその方は就職できます。障害者雇用の実態とはそういうものです。
 目の前にいる障害者の就職の可否の判断を支援者はしてはならないのです。支援者は就職の可能性を信じられなくても構いません。その代わり信じられる人を探してください。他の人も自分と同じようにジャッジすると決め込まないでください。実は、障害者就職支援とは、支援者が障害者の可能性を引き出すのではなく、障害者の「これからの大いなる変化の可能性」を信じる会社の経営者に出会わせるということです。
 成長・変化の可能性は支援者が引き出すのではなく雇用した会社の人が引き出すのです。信じているから諦めないので、結果的に必ず引き出せるということになります。だから就職した人はその会社で永く働くことができるようになります。
 ところが支援者が引き出すのだと思い込むと、就職前はもちろんのこと、就職後もキャリアアップの責任が自分にあると思い込んでしまいます。その結果、雇用の継続のための支援で手一杯になり、新たな就職支援ができない、と思い込むようになります。いわゆる定着支援で手一杯になる、という壁は、支援者の思い込みに過ぎません。そのような壁は初めからどこにもないのです。
 就職は結婚と同じようなものです。親であってもいつまで二人の面倒を見続けることはできません。二人の前途が心配だからと心配し続けている親がいたら、あなたはどのように考えるでしょうか。信じ合い、助け合うべきは当人同士です。
 就職も同じです。要らぬ心配をしてはなりません。
 そして、重要なポイントは「他人をジャッジすることは実は自分自身をジャッジすること」なのです。就職は無理だと他人をジャッジすることはすなわち、自分には就職支援が無理だ、というジャッジを下していることなのです。
 他の人の就職の可能性、成長・変化の可能性を信じるということは、すなわち支援者としての自分自身の成長・変化の可能性を信じるということなのです。自分は、障害者就職支援のエキスパートになる、就職支援のプロ中のプロになる、という可能性を信じることと全く同じことであることに早く気づかなくてはなりません。