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光明会の行動基本と3しての三種の神器

社会福祉法人光明会 理事長 小 澤 定 明

三種の神器を光明会の行動基本としよう

 日本固有の皇位の正統性を示す三種の神器(八咫鏡(やたのかがみ)、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま))は、和の心の象徴とみることができます。(白駒妃登美『古事記が教えてくれる天命追求型の生き方』エイチエス 2019 pp96-102)
 「鏡は一物も貯えず、私心を去って、万象を照らせば是非善悪の姿が現れないということはない。その姿どおりに感応することを徳とする。これは正直の本源である。玉は柔和善順を徳とし、慈悲の本源である。剣は剛利決断の徳とし、智恵の本源である。この三徳を残りなくあわせもたないと、天下が治まらないことは間違いないであろう」(今谷明『現代語訳 神皇正統記(北畠親房)三種の神宝より』角川新人物文庫2015)
 鏡は、清き明き直き心、すなわち素直な心
 剣は、決断、すなわち困難に立ち向かう心
 勾玉は、慈悲、すなわち思いやりの心
を示すので、和の心の象徴であることから、本来日本人の心に宿っていて、それを磨き上げることが日本人の「道」であると理解することができます。

鏡は素直さの象徴

 船井総合研究所の創設者船井幸雄は「素直・プラス発想・学び好き」が一流の条件であると説きました。人間は自分の経験や手にした限られた情報で価値判断をするので、目の前に起こった事実を自分の都合で曲げてしまうものです。しかし誰もが「自分は正しい」と信じ込むものですから、あえて「自分は間違っているかもしれない」という視点をもつことが重要なのです。これが何でもまず受け容れる「素直」さが人間性の高い一流の条件の一番目にある理由です。したがって平光雄の素直の定義「素直とは、誰の言うことでもきちんと聞くことではなく、人の優れた点を認め、自分の非を認めることである。」は、自らの価値判断なしで行わなければならないのです。(平光雄『子どもたちが身を乗り出して聞く道徳の話』致知出版社 2014 pp34-35)
 三種の神器の鏡が示す清き明き直き心は、万象をその姿どおりに感応することの大切さが日本人の心であることを示しています。

困難に立ち向かう心~勤勉が生き様の原点

 感謝と報恩の心で他のために主体的能動的に身も心も素直に捧げる行動の習慣は、勤勉(または勤労)と表現することができます。誰にもできることを誰にも出来ないほど徹底してやり続けることです。基本中の基本をやり続けることで本物の力がつくのです。
 三種の神器の剣が示す決断は、困難に立ち向かい、挑戦する勇気の大切さが日本人の心であることを示しています。

 一方で神道は「この世に完全無欠の事象はない」としているようです。稲を育てるときには自然の理に従い、水・光・土壌を整える必要がありますが、また自然の理により虫が来て草も生えてくるからこれを取り除かなければならない。自然の理に従うと同時に逆らうのです。虫や草は悪ではなく、稲作の営みの中では過ちを犯しているとみるのです。「誰かにとっては正しく、誰かにとっては過ちである」ということ自体が神道における物事の正しいあり方なのでしょう。日本に宗教戦争が存在しない一つの理由はここにあります。困難に立ち向かうとは、剣で悪を征伐することではないのです。稲穂に象徴される「人」を育てることが困難に立ち向かうことなのです。(小坂達也「ひのもとで学ぶ和の心」みやざき中央新聞2019年2月11日号の記事より)
 勤勉こそ生き様の原点です。なぜならば苦労こそが成長と喜びの源泉となるからです。逆境や立ちはだかる大きな壁に立ち向かい、そこから学ぶ機会、すべての経験が人生を幸せに生きるために必要なものとなります。経験が多ければ多いほど負けない強さを身につけられるのです。(喜多川泰『上京物語 僕の人生を変えた父の5つの教え』ディスカバー21 2009 pp203-213)
 一生懸命勉強する姿は、人に勇気をもたらします。光明会職員による研究レポートへの取り組みやその発表もまた自分自身の学びにとどまらず、仲間や次代を担う人々への貢献となるのです。

慈悲の心をサービスの原点にしよう

 自分の心に原始的に発生する「人としての優しさ」が自発的・能動的サービスの原点となります。しかしながらその自分の思いに自ら背いてしまうことで人は現状の自分を肯定し、他者を批判するようになるのです。自分の原初の思いに正直に、その思いにしたがって行動する勇気を大切にしよう。
 相手をモノとしてではなく人として見る姿勢を常に持とう。モノは「便利なモノ、邪魔なモノ、無関心・無関係なモノ」の3つです。モノとして見れば、相手はモノとして見られていることを瞬時に察します。そして表面上の言葉や表情に関わらず「優しさ」を感じないのです。むしろ不安、不信、不満を感じてしまいます。(アービンジャー・インスティチュート『自分の小さな「箱」から脱出する方法』大和書房2006)
 だからこそ相手をびっくりするほど喜ばせる行動をしよう。
 三種の神器の勾玉が示す慈悲(中江藤樹の言葉に「よくをしへて子を愛敬するを慈となづく」(親が子を教えつつ親しみ軽んじないことを「慈」と名付けた)とあるように、子を思う親の心が慈悲(慈しみ=仏教では「抜苦与楽」)です『翁問答 上巻之本』日本思想大系29 岩波書店 1974 p25)は、思いやりの心の大切さが日本人の心であることを示しています。日本においては「謙譲語」がそうであるように、中心は一歩引くことで周囲を引き立てるのです。目立たないが重要な役割を果たす存在が、中心であると考えるのです。(白駒妃登美 前掲 pp110-115)

職員評価システムは成果と人間性の2軸で構成

 前号でも触れましたが、今年度の社会福祉法人光明会は、組織改革を大きく進めます。そのなかの重要な要素として職員評価システムの導入があります。
 「評価は、職員の成長と経験に着目する。客観的に見える部分と職員自身によって言語化された(例えば「研究レポート」)見えない部分と両面での評価を追求する。なぜならば事業目標の達成にあたっては客観的に数量で計れる目標と顧客の主観が入る品質面からの成果があり、この品質面の評価は職員自身の経験に表れると仮定するからである。」(2019年度経営方針 1-7-3項より)
 法人組織が、社会に対して期待される成果を提供し続けることは不可欠です。緊張感ある職場に中で仲間とともに切磋琢磨して職務従事することは社会人としての大切な責務なのです。成果を求める以上、自ら定めた目標を達成した職員には様々な報酬が用意されます。
 ただ、人間性は成長のレベルを示すのではなく成長を求める姿勢そのものです。一体、人間性の成長に「評価」がなじむのでしょうか。また「報酬」が必要なのでしょうか。必要であるとすればその報酬はどのような形態となるのでしょうか。本年度はこのようなことを追求していく年としたいと思います。