1. HOME
  2. 広報紙めいろうバックナンバー
  3. 第77号
  4. 理事長挨拶

大切なのは肩書きではなく責任であり、自己開発とは人間として大きくなること

社会福祉法人光明会 理事長 小 澤 定 明

責任は肩書きによって果たせるものではない

 社会福祉法人光明会の各事業の成果評価を数字の面からだけ追い求めすぎて、障害のあるお客様お一人お一人にとってどうなのか、という視点を見失っていないかと懸念しています。前号でも「障害者だから仕方がない」という短慮を戒める言葉として「相手以上に相手を信じてあげること」を紹介しました。数字の成果を上げることは職員全体の生活保障のためにも不可欠なことです。とはいえその面での成果が上がったからと言って支援の中身までよくならなければ、どこかに見落としがあるはずです。
 「成功に必要なものは責任である。あらゆるものがそこから始まる。大切なのは肩書きではなく責任である。責任をもつということは、仕事にふさわしく成長したいといえるところまで真剣に仕事に取り組むことである。」(ドラッカー『非営利組織の経営』ダイヤモンド社 p210)
 これはドラッカーの言葉ですが、仕事でも何でも一定の成功を導くためには責任が大切であることが分かります。肩書きにはいくつかの弊害があって、人を肩書きで判断してしまうことや肩書きで仕事をすることなどがあります。相手の肩書きに期待するなというのはそもそも無理なことですから、自らの持つ肩書きが表現する責任にふさわしい成長を継続しなければならないのでしょう。また肩書きがないと仕事がしにくいなどと、肩書きそのものが持つ権威に頼る心根もまた寂しいものです。

仕事に真剣に取り組むことが責任である

 さて、もう一度ドラッカーの言葉に戻りますと、責任をもつということは、仕事に取り組む一つの姿勢であることが示されています。「仕事にふさわしく成長したいといえるところまで」の部分です。これはどういう意味なのでしょうか。
 まず、仕事に対して謙虚でなければならないことを示していると思います。日常業務であったとしても手慣れた作業だからと惰性で取り組むのではなく、初めて取り組むような緊張感をもってミスなく、漏れなく、無駄なく行うことが求められています。そしてそれを通じてもなお「十二分にやりきった」とは納得しがたいほど、あるべき仕事の水準を感じてぜひその高みまで到達したいものだと希(こいねが)うように仕事に「真剣に」なることではないでしょうか。
 責任と一言で言うのは簡単ですが、ドラッカーの言葉を通じて改めて「責任」とは非常に厳しいものであることが分かります。

人の強みとは態度にこそ表れる

 また責任とは、リーダーだけに求められているわけではないようです。
 「自己開発とは、スキルを修得するだけでなく、人間として大きくなることである。おまけに、責任に焦点を合わせるとき、人は自らについてより大きな見方をするようになる。うぬぼれやプライドではない。誇りと自信である。一度身につけてしまえば失うことのない何かである。目指すべきは、外なる成長であり、内なる成長である。」(前掲 p211)
 ドラッカーは「強みとはスキルの有無ではない。能力である」(前掲 p217)とも言うので、人の強みというのは人間として大きくなることなのです。「一度身につけてしまえば失うことのない何か」とは何でしょうか。これもまた上の「仕事にふさわしく成長したいといえるところまで」で分析したところとはちょうど重なります。すなわち仕事に対して謙虚でかつ真剣に取り組む「態度」は一度身につけてしまえば失うことのない(だから人間として大きくなる)ものなのです。例えばスキルは、時代の変遷とともに一度覚えたスキルが使えなくなることがあるでしょう。だから必ずしもスキルは人の強みとはならない。強みの正体である「能力」とは態度のことを示しているのです。
 ただし、この態度とは、知識(情報)や技能と混同しやすいのですが、単に「分かった、できる」ではなくて「(いつも)している」という状態が保証されなくてはなりません。例えば朝の挨拶は元気よく笑顔で「おはようございます」と相手の顔を見て、しかも相手より早く言うものです。立場の下の者から、などというウソの常識に惑わされてはなりません。相手がお客様だからこちらが先に、というのでもありません。お互いが「先に」いうものです。しかしこれは誰もが「分かった、できる」こととはいえ、誰もが「(いつも)している」わけではないのです。ここが「態度」理解のポイントです。
 と同時に「強み」理解のポイントなのです。知識・情報をたくさん持っている人ほど強みを発揮できるわけではない理由がここにあります。「(いつも)している」という状態が求められるとき初めて責任感が問われるのです。

今目の前のことに集中して成長を目指そう

 最後にドラッカーの言葉の中の「目指すべきは、外なる成長であり、内なる成長である」に注目してみましょう。  外なる成長とは、キャリアパスを通じて、自らの実践経験を積み上げると同時に資格取得をしつつ、組織内にあっては、いわゆる昇進をしていくことです。もちろんコリン・パウエルが「人間の成功とは階級や役職で決まるものではなく、どれほどの貢献をしているかによって決まるものだ」(『リーダーを目指す人の心得』飛鳥新社 p93)と言っているとおり、昇進していくことが自動的に成長になるわけではないことに注意が必要です。組織のピラミッドの上に行くほど、視界が広がるから広い見識と外部環境への対応が必要になりますが、と同時に組織の下部にも視野に入れなければならなくなるのだそうです。しかし組織のどの部分にもそれぞれの立場で組織に貢献する役割を進んで担おうとする人はたくさんいるのです。組織人としての社会人キャリアを歩む以上、自らの所属する組織に対する貢献に対する意識を持ち続けることがそれぞれに尊いことであり、と同時に外なる成長には不可欠と言えましょう。
 一方、内なる成長とは、自分の強みの正体である能力、すなわち態度を磨くことです。自分に目を向けるとなると「今だけ・金だけ・自分だけ」という最近のよく見る残念なシーンが多く思い浮かびますが、これは内心の自由とも関わりますので、読者にお任せしますが、いずれにせよ、外なる成長とのバランスが何より大切です。今の目の前にある支援実践に真剣に取り組むことなしに成長を手に入れることはできないでしょう。

 平成の時代はあと4か月余りで終わりますが、改めて新しい年に向けて今どの種を蒔くのかを考えてください。自分が蒔いた種から育ったものしか自分のものとして収穫することはできません。
 自然には、特有の時間の流れがあります。農産物の栽培はいかに人間が効率よくしても通常年一作のものを二度三度というわけにはいきません。人の心も組織も自然と同じならば、生長(成長)に必要な時間というものがあります。結果がすぐに出ないことを当然として受け入れなければなりません。種を蒔いてもすぐに芽は出ません。施設での支援の成果をすぐに手に入れたいと思い込むことは自然に反するようです。他方、数か月後、一年後、数年後に芽が出ることを求めて今、種を蒔くことも必要です。今の支援の中にある「種蒔き」とは何か、またその種は何の種か、を考え続けることがほんとうに大切なことなのです。
 仕事とは別名「責任」のことです。だから責任を感じないものは「仕事」とは言えないのです。新しい年を迎えるにあたってぜひそのことを考える時間を作ってください。

広報紙Meiroh読者の皆様

 大きな災害が思い起こされますが、平成30年もまもなく年の瀬、そして新しい年を迎えます。  今年一年の皆様からの多くのご支援ご厚誼に深く感謝申し上げます。今後とも社会福祉法人光明会に変わらぬご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。ぜひよいお年をお迎えください。

社会福祉法人光明会 理事長 小澤定明