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授産事業に求められる経営感覚
1 商人たれ
授産事業は「障害者の自立」が第一目的であるが、とかく「商い」の視点が忘れ去られがちである。それは「福祉か商売か」の視点に惑わされるからである。自立とは生活力・経済力の獲得(拡大)であり、障害者支援にとって「福祉」の視点が前提である。そのうえで「福祉」に関連する多くの手段の中のひとつに「商売」があると考えれば、惑わされずにすむ。
福祉施設が行う業務であるのだから「福祉アプローチ」であることには間違いがない。なかでも「授産事業」は「商売」に一番近いところで業務を展開する。「福祉」ベースの上に「商売」が乗っているという構造である。もちろん「商売」抜きの福祉支援業務もある(むしろその方が多い)。しかし「商売」を中心軸に据えて支援業務を行おうとするときに「商い」がいいか悪いかという議論をするのは筋違いである。「商売」を前面に出して「福祉」を考えなければならない。
前置きが長くなったが、第一のポイントは「お客様からお金をいただく重み、苦しみ、そして喜びを味わえ」ということである。サラリーマンは労働の対価として賃金を受け取る「権利」がある。しかし商人には労働の対価として「賃金」を受け取る権利はない。お客様のお買いあげがあってはじめて「代金」を受け取れる。あなたは道に100円玉が落ちていたら拾うだろう。またテーブルの上に千円札が置いてあったら、誰のものかと心配になるだろう。商品にも間違いなくそのような価値があるが、お金と同じような大切な扱いをする感覚を持てないと商売はできない。それは商品をお金と同じ価値でみなせないような意識では、お客様にお買いあげにつながる行動の動機付けをする発想が生まれてこないからである。(既出『地域生活支援室ニュースMEI 2004年10月号』)
2 動機付け
お客様が商品を購入するということは、お客様の「購入行動の結果」である。ではなぜお客様が購入行動をとるのかを考えてみよう。人間は無意識で購入行動をとることはない。必ず「ある意識」をもって購入(行動)する。たとえば「これがほしかったから」「手元に置きたいから」「今すぐ使いたいから」「今買わなければなくなってしまうから」「いつか必要なときがくるかもしれないから」「安いから」「おいしいから」「役に立つから」「便利だから」「他に持っている人がいないから」「格好いいから」……。
このようなある意識のことを「動機」と呼ぶ。行動を引き起こすきっかけである。行動を引き起こす理由である。なんらかの「きっかけ」や「理由」があって、次の行動に結びつく。したがってたとえば「購入」という行動をお客様に起こさせようと思うなら、「きっかけ」を作らなければならない。お客様が「買おう!」と決意する「きっかけ」である。あるいは「理由」を用意しなければならない。お客様が「私はこのような理由でこの商品を買いました(そして満足しています)」と第三者に話すことができるような理由を用意しなければならない。
授産事業(販売事業)を「商い」の観点から見直すポイントはこの「きっかけ作り」・「理由の提供」、すなわち「動機付け」にある。
お客様が購入するという行動は、自然に発生するのではなく、「商人」が創り出すものなのである。この動機付けを実践する人こそが「商人」である。前項で「商人たれ」と書いたが、それは言い換えれば「動機付け」こそ本業と心得よ、という意味である。
だから、授産事業として「商売(あるいは販売)」を成功させたいならば、このポイントを外してはならない。今自分たちの実践していることが、お客様の動機付けにどのように結びついているか。このことを検証しなければならない。すなわち「自分は商人か」という検証である。その結果「商人ではない」と出たら、残念ながら「商売」はうまくいくはずはない。商売を通じた「福祉サービス」で顧客満足を得られるはずがない(換言すると満足のいく工賃を支払えるだけの利益を生み出せず、結果的に障害者本人の生活や自立を支えられるはずがない)。
繰り返すが、販売事業を成功させるには、まず「商人」になること。つまりお客様が商品を購入する「動機付け」を実践すること、お客様に「買い物をする理由」を提供すること、である。
販売のエッセンスはここにある。ここを外しては、たとえ商品をレジに打ち込み代金を頂き包装し、ありがとうございましたとていねいに見送り、店内を清掃し、ボリューム感を持って商品陳列したとしても、十分な利益は生み出せない。
授産事業で製造・生産し、あるいは仕入れた商品を「販売」するためには、その商品をお客様が「なぜ買わなければならないのか」のきっかけと理由を作らなければならない。
ここでひとつの例を挙げよう。販売の現場である商品の売れ行きが不振だとする。その理由をどのように考えるか。安易な発想は「値段が高いからかもしれない」である。そしてこれまた安易に値下げする。「お客様は高いと思うから買わないのであって安くすれば買う(あるいは買える)はずだ」と。しかし販売現場を多少経験された方なら、このような策が解決の決定打とは思わないはずだ。値下げの効果は少なくとも「長続きしない」からである。多くのお客様は値下げを、自分のためのこととは考えない。店側の事情のための値下げと考えるのである。だからまず値下げに不審を抱いてしまう。「古いのではないか」「きずものではないか」と。お客様が唯一歓迎する値下げは「あなただけ特別」という状況のときだけである(しかしこれは値下げを歓迎しているのではなく、自分だけが選ばれたことを歓迎しているのであるが)。
値下げをするならば値下げの理由を提供しなければならない。それは一枚の『本日値下げ』のというPOPだけでは不十分である。次のようなものはどうだろうか。『本日のおすすめ 当店では値下げをしません。それは商品価格に工賃(障害者の生活費)が含まれているからです。お客様に1つお買い上げいただくごとに○○円の工賃を支払うことができます。お客様のお買い物が障害者の生活を支えています。しかし本日この商品に限り値下げします。それはこの□□□のおいしさをすぐに知ってほしいからです。』(既出『地域生活支援室ニュースMEI 2004年11月号』)
3 理念をもつ
もうひとつ「商売」の難しさを示そう。それは「儲ける」ことは「悪」であると考えてしまいがちなことにある。つまり一方で儲けるということは、他方で「損をする」ことを自動的にイメージしてしまうところにある。だから発想の転換をしなければならない。「儲けは満足の対価である」と。損をさせたのではない、満足をさせたから十分な利益が得られたのだと。
そして次のことをよく考えてほしい。われわれは「消費者(買い手)が商人(売り手)より愚かである」と思いこみがちなのである。商人は販売のプロだが、消費者は消費のプロではないと。だから消費者を騙してはならない、商人が大きな利益を求めることはすなわち消費者を騙すことそのものであると。
この「思いこみ」からは脱しなければならない。この「思いこみ」にとらわれていると、商売がうまくいかず、消費者に喜んでいただけるような商品・サービスの提供ができていないにもかかわらず、消費者権利を守ってフェアな商売をしていると自己満足の勘違いしてしまう(自分ひとりならばその勘違いも許されるが、福祉の現場でこの勘違いを展開されたならば、障害者が巻き添えを食うことになる)。
消費者は自分で購入したいと思う商品・サービスを、ほしいと思うタイミングで提供されれば、とても満足して購入するのである。高いか安いかは消費者が自分の満足度と比較して判断するものであり、消費者より賢い商人が適正価格を示すかどうかで満足(つまり損しないという状況)が決まるのではない。
となると商人がすべきことは(これこそ販売のプロとしての使命になるのだが)商品・サービスの「良さ」を伝えることである。80円のあんパンと120円のあんパンは何が違うのかを示すことである。売り手しか「本当の40円の違い」の理由は分からない。材料なのか、製法なのか、何かのこだわりなのか。売り手が「40円高くても『それだけの良さ』がある」と思いこんでもそれがそのまま正確に消費者に伝わってはいない。「それだけの良さ」こそが満足の源泉であり、儲けの源泉であり、それがそのまま工賃になる。もう一度考えていただきたい。「40円得です」という安易な発想で、本当の満足を伝える努力を怠ってきてはいなかったかを。
『いっぱいの満足を与えたからいっぱいの利益が得られる』これが商人のもつべき理念である。
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